2009-07-05

uneasiness

最近やっと自分の人生の方向が具体化してきました。


こういう硬いことは好き好まない、今日この頃のモチベーションなのですが、





客観的に自分自身を表して見ました。






こんなモチベーションなのでいろいろなことに不安を感じます。




特に楽しいことはそうそうずっと続かないんだと最近よく思います。




いままでの経験則からきていますが、今、楽しいとか幸せだとか思っていることが非常にネガティブに私の中に入ってきます。







「楽しいと感じる」と一種の興奮状態に陥る。







そして、客観視点がブレる。







そして、冷静かつ適切な判断が鈍る。








そして、その楽しいことの継続に歪みを生じさせる。






問題は明確なんです。







「楽しい時」に常に冷静かつ客観視点を保つことができていないということ。







その逆を達成すれば問題は解消される。












でもそんな人間いないと思います。脳を自由にコントロールできる人はいない。


もちろん私も人間。













さて、私は「この問題」を問題が起こる前に問題としていることが問題なんです。




合計すると、得ている楽しさは「本当の楽しさ」ではないんじゃないかということです。


「楽しい」の定義をはじめにしておくべきでした。


「楽しい」⇒満足で愉快な気分である。快い。(広辞苑参照)




ここまで、問題の連鎖が起こる時点でこう解答せざるをえなくなってきます。









そうです。私は現在の楽しさに対して、快く思っているどころか問題の連鎖を抱え込んでしまっているわけです。














私はこの解答をやすやすと通常観念にできるほどの動物じゃありません。

であるからこそ、非常に厄介な問題なんです。


















ただ、一つ言えること。







この解答は現在の状況への危険信号かもしれません。

無理に状況を受け入れようとしていることが脳に歪みを生じさせているかもしれない。









そこから問題が始まって。










その連鎖から私は答えを導き出しました。








この問題の正解ってありますかね。

4 件のコメント:

  1. 問題が起こる前に問題としていることは問題ではないと思うよ。

    問題視しながら問題に挑む姿勢はむしろ当然で、例えば人生の不条理さが問題だと問題が起こる前から問題にしてもそれは全く問題ではなく、生きていることそれ自体くらい当たり前のことだろうからね。


    ちなみに、漫画『ぼのぼの』でぼのぼのが「どうして楽しいことは終わっちゃうのかな、どうして続かないのかな。」と質問すると、
    スナドリネコさんが「それはね、日が沈んで夜が来る、そしてまた日が昇って朝が来るように、悲しいことやつらいことが終わるために楽しいことも終わってしまうんだよ。」って言うんですよ。

    クイックルワイパーの一件からわかるように、
    ま、そういうことだろうな!

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  2. 確かに言ってることは分かる。

    まずいのは自分の信じてる「楽しい」の定義が崩壊してるところだよね。

    楽しいと感じてる現状を問題だと感じてる時点で、その「現状の楽しい」は定義から逸脱してるんだよね。定義が崩壊しているともいえるけど、いまの現状が「楽しい」んじゃ無い可能性もあるわけだよね。。

    これ、下のロジックだったら人間の問題視の本性が否定されちゃうよ。

    人間は物事を問題視するのは当たり前。でも「楽しい」の定義は問題視を受け付けない。物事への問題視が絶対的だとすれば、定義は崩壊すべき。でも物事を問題視する人間である俺が、同時に「楽しい」が問題視を受け付けないと設定している。こうなると人間が物事を問題視するという本性が否定される。こうなると、楽しいの定義は肯定される。



    ほんとに事前の問題視問題は問題じゃない??

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  3. 難しいことはわかんないけど、
    楽しもうとすることや、楽しいことを見つけようと意識することで
    楽しいことは多くなると私は思っています!

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  4. なんか俺、余裕が無いんだろうね(笑)

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